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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)9449号 判決

原告

高成きよい

被告

東京都

ほか二名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自三三五三万五六〇〇円及びこれに対する昭和五九年一〇月九日から支払済みまで年五分の割合により金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁(各自)

主文第一、二項同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

高成一雄(以下「一雄」という。)は、昭和五九年一〇月九日午前七時五二分ころ、勤務先である東京国立文化財研究所に出勤するため、原動機付自転車(北区え二〇三〇、以下「被害車」という。)を運転して、明治通りを溝田橋方面から池袋方面に向けて、時速約四〇キロメートルで進行中、明治通りが京浜東北線王子駅のガード下を過ぎたところで渋滞していたため、明治通りの中央に敷設されている被告東京都交通局電車(以下「都電」という。)荒川線池袋方面行き軌道敷(以下「本件軌道敷」という。)内を走行していたところ、東京都北区王子一丁目三番二二号先において(以下右地点付近の明治通りを「本件道路」という。)、被害車の前輪が本件軌道敷の進行方向右側レールの側溝部分(以下「本件輪縁路」という。)に落ち込み、ブレーキを掛けて停車しようとしたが、前輪が本件輪縁路の空間に挟まれたため、被害車は後部を時計回りに振りながら転倒すると同時に左斜め方向に向かつて滑走し、一雄は被害車から振り落とされ、折から本件道路を池袋方面に向かつて走行していた被告佐藤進(以下「被告佐藤」という。)の運転する普通貨物自動車(足立一一う二五二二、以下「加害車」という。)の右後輪に体の一部を引きずられた上轢過され、右肺破裂、肝臓破裂、心臓破裂等の傷害を負い、同日死亡するに至つた。

以下、右交通事故を「本件事故」という。

2  被告有限会社二ツ橋運輪及び被告佐藤の責任

(一) 被告佐藤は、加害車の右前方ないし右側方を被害車が走行していたのであるから、その動静に十分注意して進行すべき義務があるにもかかわらず、被害車が転倒し加害車に衝突したのに気づかず漫然と進行した過失により、加害車の右後輪で一雄を轢過したのであるから、民法七〇九条により、本件事故による一雄の死亡に基づいて原告が被つた後記損害を賠償すべき責任がある。

(二) 被告有限会社二ツ橋運輪(以下「被告会社」という。)は、運輪業を営み加害車を営業車両として所有し、本件事故当時自己のために運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条本文により、本件事故による一雄の死亡に基づいて原告が被つた後記損害を賠償すべき責任がある。

3  被告東京都の責任

(一) 被告東京都(以下「被告都」という。)は本件軌道敷を設置・管理する者である。

(二) 軌道敷の瑕疵

本件軌道敷は、並行して走つている明治通りが渋滞しているときには、自動車などの通行が十分に予想され、かつ、本件事故現場においては車道と本件軌道敷との境界がないため、これを多くの車両が現に通行していたにもかかわらず、被告都は本件輪縁路を幅約九センチメートル、深さ約三センチメートルという自動二輪車のタイヤが挟まれやすい形状のまま放置していたのであるから、右軌道敷は通常備えるべき安全性を欠如していたものというべきであり、したがつて被告都の本件軌道敷の管理には疵瑕があつたものというべきである。

なお、右瑕疵が存在していたことは、本件事故後本件軌道敷の輪縁路が幅約四センチメートル、深さ約二センチメートルと、自動二輪車のタイヤが挟まらないように補修されたことからも明らかというべきである。

4  損害

(一) 逸失利益

一雄は、本件事故当時六一歳で、東京国立文化財研究所に勤務していたのであるから、少なくとも賃金センサス昭和五六年度第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計の六一歳の平均給与月額を一・〇七〇一倍した月額二六万八三〇〇円の収入を得ていたものとみることができ、就労可能年数を八年、同人の生活費を右収入の四〇パーセントとして、年別のライプニツツ方式(係数六・四六三)により一雄の本件事故による逸失利益の本件事故当時の現価を算出すれば、一二四八万四九六五円となる(円未満四捨五入。)。

(二) 慰藉料

一雄は一家の支柱として原告を扶養してきたのであるから、一雄を本件事故により失つた原告の精神的苦痛には多大なものがあり、これを慰藉するためには、一八〇〇万円の慰藉料をもつてするのが相当である。

(三) 弁護士費用

被告らは本件事故に基づく原告に対する損害賠償債務を任意に履行しないから、原告はその履行を求めて本件訴訟の提起及び追行を原告訴訟代理人に委任せざるを得なくなり、右委任に伴い弁護士費用として三〇四万八四九六円の支払いを約束し、同額の損害を被つた。

(四) 原告は、一雄の妻であり、前記(一)の逸失利益にかかる損害賠償請求権を相続した。

5  よつて、原告は、被告らに対し、本件事故に基づく損害賠償として各自三三五三万五六〇〇円及びこれに対する本件事故の日である昭和五九年一〇月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告会社及び被告佐藤

(一)(1) 請求原因1の事実のうち、一雄が、原告主張の本件事故発生の日時、場所において被害車を運転して本件軌道敷内を走行中転倒して左斜め前方に滑走し、加害車の右後輪が同人の身体に乗り上げたこと、同人が死亡したことは認めるが、その余は否認する。

(2) 請求原因2(一)の事実は否認する。

同(二)の事実のうち、被告会社が運送業を営み加害車を営業車両として所有している事実は認めるが、その余は争う。

(3) 請求原因4(一)ないし(三)の事実は否認し、同(四)の事実は知らない。

(二) 被告都

(1) 請求原因1の事実のうち、一雄が、原告主張の本件事故発生の日時、場所において被害車を運転して本件道路を走行中転倒し、被害車から離脱して左斜め前方に滑走し、加害車の右後輪に乗り上げられたこと、同人が死亡したことは認めるが、その余は否認する。

本件道路の溝田橋方面から池袋方面に向かう車道は三車線に区分されており、さらに中央線寄りの部分に軌道敷が敷設されていたのであるから、本件道路を通行する車両は本件軌道敷を通行することなく右三車線のいずれかの車線を通行することが可能であるうえに、本件軌道敷内は自動二輪車及び原動機付自転車の通行は禁止されており(道路交通法二一条)、一雄は、本件道路を通勤経路として日常的に通行し、これらの点を十分承知していたのであるから、本件軌道敷内を被害車で走行したとは考えられない。

本件輪縁路の構造は別紙図面Ⅰの通りであり、被害車の前輪タイヤの直径は四三一・八ミリメートルであるから、右タイヤと本件輪縁路との間には十分空間があり、タイヤが本件輪縁路に挟まれるという事態は考えられず、また、軌道の右側レールとその右側にある橋脚との間隔は狭く五七ないし九八センチメートルしかないから、被害車が原告主張のとおり右側に転倒すれば当然にその橋脚等と衝突すべきところ、そのような痕跡はなく、また、被害車によるとみられる路面の滑走痕も本件軌道敷内には認められず、本件道路の車道上においてのみ認められることからすれば、一雄は被害車の前輪が本件輪縁路に落ちたため転倒したのではないと推認するのが相当である。

(2) 請求原因3(二)は争う。

(3) 請求原因4の事実は知らない。

三  被告佐藤及び被告会社の抗弁(免責)

1  被告佐藤は、本件道路の溝田橋方面から池袋方面に向かう車道の左側端から二番目の車線(以下、本件事故道路の池袋方面に向かう車道の車線を左側端から順次「第一車線」、「第二車線」、「第三車線」という。)を走行していたが、本件事故現場から一〇数メートル溝田橋方面寄りの地点において、前方の音無橋交差点に設置されている対面信号(以下「本件信号」という。)が赤色表示になつたことから、先行車が停止したのに続いて一時停止し、本件信号が青色表示になり、先行車が発進したのに続いて、加害車の速度、先行車との車間距離等に注意しつつ発進し、本件事故現場にさしかかつたときに、後方で大きな音がしたのを聞き、先行車にも注意しつつ、右バツクミラーを通して後方を確認したところ、被害車を認めたため、直ちに急制動を掛けて加害車を停止させた。

2  軌道敷内を二輪車が走行するときは、その車輪が輪縁路に落ち込むなどして転倒の危険があるため、二輪車の通行が禁止されているにもかかわらず、一雄は、被害車を本件軌道敷内に乗り入れて高速度で走行中に運転を誤つて転倒し、左前方に滑走して加害車の右後部側面に後方から衝突したのである。

3  以上のように、被告佐藤は、加害車の右側後方で大きな音が発生したのを聞いて事故発生の危険を察知し、直ちに急制動の措置を講じており、他に本件事故発生を回避する手段はなかつたのであるから、被告佐藤には加害車の運行につき注意義務違反はなかつたものというべきであり、本件事故は専ら一雄の重大な過失によつて発生したものである。

4  加害車にはハンドル、ブレーキその他構造上の欠陥及び機能の障害はなかつた。

四  被告佐藤及び被告会社の抗弁に対する認否

抗弁事実のうち、被告佐藤が、加害車を運転して第二車線を進行中加害車の後方で大きな音がするのを聞いて右側バツクミラーを通して後方を確認したところ、被害車を認めたこと、被害車は本件軌道敷内を走行していて転倒したことの各事実は認めるが、佐藤が本件信号が赤色表示になつたことから一時停止し、加害車の速度、先行車との車間距離等に注意して再び発進したこと、二輪車が軌道敷内を走行するときには車輪が輪縁路に落ち込むなどして転倒の危険があることは知らず、その余の事実は否認する。

第三証拠

本件記録中、書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  一雄が、昭和五九年一〇月九日午前七時五二分ころ、本件道路を被害車に乗つて走行中転倒して左斜め前方に滑走し、本件道路を走行していた加害車の右後輪に乗り上げられ、死亡した事実は原告と被告ら間において争いがない。

二  本件事故状況について検討するに、いずれも成立に争いがない甲第一号証の一ないし三、同第二号証、同第三号証の一、二、同第四号証、同第五号証の一、二、乙第四、五号証の各一、二、及び同第一一号証、事故現場写真であることに争いがない同第七号証、証人坪山和幸の証言、原告佐藤進本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

1  本件道路は、溝田橋方面から京浜東北線「王子駅」のガード(以下「本件ガード」という。)下を通り池袋方面に通ずる歩車道の区別のある車道幅員二二・〇メートルの道路で、アスフアルト舗装され、平坦であるが、本件ガード下を過ぎた付近から池袋方面に向けて一〇〇分の七程度の上り坂となつている。

本件道路の中央部分は、ガード下では八脚の橋脚が一連の掛壁のように縦に並び、ガード先からはガードレールの設置された中央分離帯があつて本件道路を二分し、その片側が各三車線及び都電の通行する軌道敷に区分され、池袋方面に通じる車道の第一車線の幅員が約二・九メートル、第二車線のそれが約三・〇二メートル、第三車線のそれが約二・二一メートルであり、更に本件軌道敷の幅員は約一・三八メートルであつた。

本件道路の交通規制は、速度制限毎時四〇キロメートル、駐停車禁止、転回禁止、歩行者横断禁止、軌道敷内通行可(但し、二輪車を除く。)と、それぞれ東京都公安委員会により指定されている。

2  第三車線上には、被害車が転倒、滑走したことにより、そのハンドル、メインステツプ等によつて滑走痕数条が四箇所にほぼ直線に印されており、そのうちもつとも溝田橋寄りの滑走痕は本件ガード下の池袋側から約一・五メートル、本件軌道敷から歩道に向かつて約七〇センチメートル離れた地点から池袋方面に左斜め方向に長さ約三〇センチメートルにわたつて印されており、他の滑走痕は右滑走痕のさらに池袋寄りに左斜め方向に印されていた。

3  被害車は、本件事故によつて、前フエンダーの先端が欠損し、その上部に取り付けられていたかごは右前方から押されたように変形するとともに右前上部には擦過痕があり、右バツクミラーのアームの破損部分、右メインステツプ及びキツクペダルの先端部、後部に取り付けられた荷物箱等にも擦過痕が認められ、前フエンダー先端の欠損を除けば、いずれも車体右側に限られる。さらに被害車前輪のタイヤ右横部分には長さ三一センチメートル、幅〇・五センチメートルの鉄錆のようなものが付着していた。なお、被害車のメインステツプは地上二一センチメートルの位置にあり、ハンドルについては、地上八六センチメートルの位置にあり、その幅は六三センチメートルであつた。

加害車には、右後輪タイヤ外側に被害車と接触したことによるとみられる接触痕が認められたが、制動装置、走行装置その他に故障はなかつた。

4  一雄は、勤務先である東京国立文化財研究所が音無橋交差点を直進した方向にあつたことから、通勤のために本件道路を利用しており、事故当日も出勤のため被害車を運転して本件道路を溝田橋方向から池袋方面に向けて時速約四〇キロメートルで走行していた。

他方、被告佐藤は、加害車を運転して溝田橋方面から池袋方面に向けて第二車線を走行していたが、本件事故当時、第三車線は音無橋交差点での右折車両が通行すべき旨の通行区分がなされていたことから自動車が渋滞していなかつたものの、第一車線及び第二車線は同交差点から本件事故現場付近まで一三〇メートル以上にわたつて自動車が渋滞していたため、本件ガード下において一旦停車し、前車が発進したのに続いて加害車を発進させたところ、約一六・三メートル進み、速度が毎時約一〇キロメートルとなつた地点で、後方で大きな音がしたため、自車後方で事故が発生したと思い、フエンダーミラーで後方を確認したところ、被害車が転倒しており、同時に一雄がダイビングするような形で加害車の後輪前方に入つてくるのを認め、直ちに制動措置を取つた。

5  加害車が停止したとき、一雄は、加害車の右後輪の前に上半身を加害車の下に入れてうつ伏せの状態で倒れており、加害車の右後輪後方に血液が流れ出していて、直ちに救急車で板橋区加賀町の帝京病院に搬送され、緊急手術を施行されたが、昭和五九年一〇月九日午前八時四三分ころ、胸腔内臓器損傷のため死亡した。

その後、死体検案が行われたが、一雄の損傷は、右肋骨骨折のほか、右前胸部から右背胸部にかけて線状の表皮剥脱数十条、右外眼角外側に小豆大ないし大豆大の表皮剥脱五個、右頬骨部、右季肋部、右膝蓋骨前面、右足間接後面等に表皮剥脱が認められた。

二  右認定の事実を総合すれば、一雄は、被害車を運転して溝田橋方面から池袋方面に向けて本件道路を時速約四〇キロメートルで走行中、転倒して被害車から振り飛ばされた後、加害車の後方から加害車に衝突していき、加害車の右後輪の前に倒れ込んだものであり、また、一雄の負つた傷害の部位は主として体の右側であり、加害車に轢過されたことを示すような痕跡もないことからすれば、加害車は一雄を轢過することなく、その体に乗り上げたにとどまつたと認めることができる。

原告は加害車が一雄を右前輪で引きずつたうえ轢過したものであると主張するが、右主張を認めるに足りる証拠は存しない。

三  次に、原告は、被害車の前輪が本件輪縁路に落ち込み、挟まれたため転倒した旨主張するので、被害車の転倒場所、転倒原因等について検討する。

1  前記認定の各事実を総合すれば、本件事故当時、本件道路は、第一車線及び第二車線は自動車が渋滞していたが、第三車線は渋滞がなく、自動車が円滑に走行できる状態であり、第三車線の幅員は約二・二一メートルあつたから、同車線が音無橋交差点での右折車のための通行区分がなされ、一雄は勤務先に向かうために同交差点を直進しなければならないとしても道路状況に比較的柔軟に対応することが可能な原動機付自転車(被害車)を運転していたものであるから、同車線を走行することは十分に考えられる。

2  幅員約二・二一メートルの第三車線が空いていたのであるから、通行禁止になつている幅員約一・三八メートルの本件軌道敷内を走行しなければならない理由に乏しいうえ、橋脚に近接する本件軌道敷内の右側レール寄りを走行することは、運転しにくくなること等を考慮すれば、一雄が本件軌道敷内を走行した可能性は、第三車線を走行した可能性よりも低いものと思われる。

3  被害車が転倒したことによつて本件道路に残された滑走痕は、第三車線上に本件軌道敷の左側レールの左側端から約七〇センチメートル離れた第三車線上の地点から池袋方面に向かつて左斜め方向に印されており、これらの滑走痕は、被害車が転倒しその車体の右側部分が路面に接触することによつて生じたものであるところ、最初に路面に接着すると考えられる右ステツプもしくはハンドルは地上からそれぞれ二一センチメートルもしくは八六センチメートルの高さにあることからすると、被害車が平衡を失つて転倒しても直ちに路面に接着するとは考えられないが、車体の右側のみが損傷している事実からすれば、被害車は滑走痕が印されている地点より池袋方面に向かつて左側を走行していたと考えるべきである。

仮に、原告主張のように被害車が本件輪縁路に被害車の前輪が挟まれて転倒したとすれば、本件軌道敷内は幅員が約一・三八メートルあるから、軌道敷内に転倒による擦過痕を残すのではないかと思料されるところ、そのような痕跡はなく、また、滑走痕の延長線上の右側レールの本件輪縁路に前輪落下地点を求めると、滑走基点から約七ないし八メートル離れた地点となり、その間、右側を下に横転した被害車は滑走痕を印すことなく滑走したことになり、不合理といわざるを得ない。

4  原告は、被害車が本件輪縁路に落ち込んだことによつて転倒したことを示す証左として、被害者の前輪にレールの鉄錆のようなものが付着している旨主張しているところ、前記甲第一号証の一ないし三、同第四号証及び同第五号証の一、二、いずれも成立に争いがない甲第六号証、乙第一号証並びに証人坪山和幸の証言によれば、以下の事実を認めることができる。

(一)  昭和五九年一〇月一四日警視庁王子警察署の司法警察員によつて本件軌道敷の輪縁路の実況見分がなされ、その結果上部の幅が九センチメートル、傾斜面の幅が四センチメートル、高さが三センチメートルであつたとの別紙図面Ⅱのとおりの図面が作成されているが、軌道、輪縁路等の構造は東京都交通局電車軌道整備心得において別紙図面Ⅰの構造を保持すべき旨定められ、輪縁路の底部は四五ミリメートル、上部は八〇ミリメートル、高さは三〇ミリメートルとされていることに照らすと、別紙図面Ⅱは推測に基づいて作成されたのではないかとの疑問がある。

(二)  被害車のタイヤは、直径約六センチメートルで、本件輪縁路の中に入ることは可能であり、前輪の右側部分に前記のとおり鉄錆のようなものが付着しているのが認められたことから、被害車が本件輪縁路に落ち込んだ際にレールと接触したためにレールに付いていた鉄錆のようなものが付着したものと推測することもできたため、本件事故発生直後の昭和五九年一〇月九日に行われた実況見分に立ち会つた司法警察員坪山和幸は、レールの状況について視認してみたものの、特に被害車と接触したことよつて生じた痕跡などは認められず、また、実際にレールに付いている鉄錆を採取するようなことはなされなかつた。更に同月一四日に行われた前記実況見分において実際に被害車を輪縁路に入れて写真撮影も行われたが、本件道路上に認められた擦過痕が池袋方面に向かつて左側のレールよりも左側から始まつていたために、専ら左側のレールにおいて行われ、右側のレールについてはその輪縁路と被害車の位置関係について確認されなかつた。

(三)  昭和六二年一〇月六日に本件軌道敷を撮影した写真であることに争いがない甲第七号証及び同六三年一〇月一九日の事故現場付近の写真であることに争いがない乙第一〇号証によれば、本件軌道敷内のレールは、都電の日常的な走行によつて鉄錆が付くことなく磨かれた状態であると認めることができる。

以上の事実によれば、原告主張のような転倒状況を示す痕跡としては被害車の前輪に鉄錆のようなものが付着していたことのみであるところ、レールと被害車のタイヤとが接触したことを示す痕跡はレール上には認められず、また、被害車に付着していた鉄錆のようなものと同様の鉄錆がレールに付着していたか否かも明らかではなく、結局、被害車が本件軌道敷内を走行中、本件輪縁路に前輪を落としたことから、転倒するに至つたと認めることはできない。

以上のように、本件事故は、被害車が本件輪縁路に落ち込んだことによつて惹起されたものであることを確認せしめる的確な証拠はないので、本件輪縁路の構造と本件事故発生との間に因果関係が存するものと断ずることはできない。

5  よつて、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告都に対する請求は理由がない。

四  被告佐藤及び被告会社の責任について

1  被告佐藤の責任について

(一)  前記甲第一号証の一ないし三及び同第二号証並びに被告佐藤本人尋問の結果によれば、被告佐藤は、後方で大きな音がしたのを聞き、バツクミラーによつて被害車が転倒しているのを認めて直ちに制動をかけ、加害車は制動をかけた地点から一・二メートル進んで停車していること、被告佐藤は加害車の停止後サイドブレーキを引いて本件事故現場に臨場した警察官の指示があるまでそのままの状態を保つていたことの各事実が認められる。右事実と前示認定の本件事故の発生経過についての事実を併せ考慮すると、被告佐藤が第三車線を自車の後方から走行してきた被害車が転倒するおそれのあることまで予見してバツクミラーなどでその運転者である一雄の安全を確認しつつ走行すべき注意義務があつたとはいえず、また、被害車転倒後は、被告佐藤は転倒による音を聞き、バツクミラーによつて右転倒を認めるや直ちに急制動の措置を講じ、その結果一雄は加害車の右後輪によつて乗り上げられはしたが轢過されることはなかつたのであり、被告佐藤が被害車の転倒の勢いで加害車の車体の下に飛び込んでくる一雄との衝突を避けることは不可能であつたと認められ、結局、被告佐藤には、原告の指摘するような過失はなかつたものといわざるを得ない。他に被告佐藤が注意を払うことによつて、本件事故の発生を回避することが可能であつたといえる事情は認めることができない。

(二)  したがつて、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告佐藤に対する請求は理由がない。

2  被告会社の責任

(一)  被告会社が、加害車を自己の営業用の車両とし所有し、これを自己のために運行の用に供していたことは原告と被告会社との間で争いがない。したがつて、同被告は、自賠法三条本文により、同条但書所定の事由が認められない限り、原告が本件事故によつて被つた損害を賠償すべき責任がある。

(二)  前記二1認定のとおり、被告佐藤には、本件事故の発生について過失がなかつたものと認められ、前示認定の事故態様及び弁論の全趣旨によれば、一雄は、被害車を運転して本件軌道敷内を走行していたか否かは明らかではないが、転倒の原因としては一雄自身のハンドル等運転装置の操作について誤りがあつたか、あるいは他の車両との接触等によるものと推認しうるところ、以上のような事情は、いずれも本件事故を惹起するについて一雄自身又は第三者の過失が原因となつているものと認めることができ、また、加害車には本件事故発生の原因となるような構造上の欠陥及び機能上の障害はなかつたものと認められる。

(三)  したがつて、自賠法三条但書に基づく被告会社の免責の主張は理由があるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告会社に対する請求も理由がないことに帰するものというべきである。

五  以上のとおり、原告の本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柴田保幸 原田卓 森木田邦裕)

図面Ⅰ

〈省略〉

図面Ⅱ

〈省略〉

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